2018年10月13日土曜日

世界初の有人ロケット|ワン・フーの伝説

ぶっ飛ぶうまさ!明治アポロチョコレート!
1969年の発売以来、変わらぬうまさを誇る超ロングセラー商品だ。
同年、アメリカはコイツで月までぶっ飛んだって言うんだから驚きだぜ!
こんばんは。佐藤の時間です。


人類は、昔から宇宙への憧れを抱き、それは今もなお変わらない。
幼い頃、男の子なら誰でも一度は、宇宙飛行士になりたいと考えた事があるのではないだろうか。

最近、ZOZOTOWNの前澤氏が、月を周回する宇宙旅行に申し込んだと言う話題で盛り上がっているが、その費用は1000億円を超えるのではないかと噂されている。

ただ、1000億円と言っても、昔に比べると遥かに安くなったと言える。

アメリカが月面着陸を成功させたアポロ計画では、当時費やした資金は現在の貨幣価値に換算すると14兆円に上ると言われているから驚きである。


膨大な資金と最先端の科学をもってしても、必ずしも安全に航行できるとは限らない宇宙旅行だが、そこまでして行きたいのか?

答えはYESだろう。

批判も飛び交っているようだが、やはりチャンスがあるなら、誰だって一度は宇宙へ行ってみたいと言う憧れを抱いているはずだ。


前置きが長くなりましたが、今日紹介するのは、世界初の宇宙飛行士になろうとした、ある男の伝説である。
彼の勇気と、その偉業を称え、NASAは月のクレーターの1つに、彼の名を与えた。

その男の名は、ワン・フー(万虎)と言う。

1500年頃、明の時代の中国にいたとされる人物である。
彼の伝説を知るには、以下の引用文がある。

"16世紀の初め、ワンは中国の進んだロケットと花火の技術を使って宇宙へ行くことを決心した。 彼は恐らく、47本のロケットをつけた椅子を用意したのだろう。打ち上げの日、ワンはきらびやかな服を着て、椅子に座った。47人の従者がロケットに点火し、身を守るために急いで椅子から離れた。大きな爆発があり、煙が晴れると、彼と椅子はどこにも見当たらなかった。その後、彼の姿を見たものはいない。(Wikipediaより引用)

その後、彼の姿を見たものはいない。

衝撃のパワーワードが炸裂!

待ちたまえ諸君。結論を急いではならない。
彼と椅子が見当たらなかったと書いてあるだけだ。

彼は宇宙へ行ったのかもしれないじゃあないか。
それに、いくら膨大な資金を投じても、失敗してしまうことだってあるのだ。
たった一度の失敗で、この方法では宇宙へ行くことが不可能だと決めつけるのはナンセンスだ。

そこで佐藤も、ワン・フーのロケットで、前澤氏より先に宇宙旅行へ行くことを決心した。
地球へ戻ったら、宇宙で撮った写真や動画を紹介したいと思います。
では、また会おう諸君!

…その後、彼の姿を見たものはいない。

明日より、佐藤に代わりまして、佐藤がお送りします。

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